【野火】戦争の姿。
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野火
ジャンル
ドラマ / 戦争 日本公開2015年07月25日 製作国日本 上映時間87分 監督塚本晋也 出演塚本晋也 / リリー・フランキー / 中村達也
あらすじ
日本の敗戦が濃厚な第二次世界大戦、フィリピン・レイテ島。
田村一等兵は結核を患った事で野戦病院へ行くように命じられ部隊を追われる。
しかし野戦病院にはすでに多くの負傷兵がおり食料も無いことからすぐに追い返されてしまう。
隊にも病院にも拒否された田村は行く宛もなく島を彷徨う事になる。
そこにはただ地獄があった。
こんな人にオススメ!
●戦争の悲惨さを知りたい人。
●他とは違う戦争映画を観たい人。
●グロテスクな表現が大丈夫な人。

一般的な戦争映画との違い。

©SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

世の中には沢山の戦争映画があります。
「火垂るの墓」、「この世界の片隅に」、「プライベートライアン」、「プラトーン」などなど、数えきれないほどの戦争映画が様々な戦いと様々な国と様々な視点から生み出されてきました。

そして今作「野火」は大岡昇平氏による小説を映像化した作品です。
50年前にも市川崑氏により映画化されているのですが、塚本晋也監督による今作はそのリメイクと言う訳ではなく、塚本晋也監督自身が原作から感じたものを映画にした作品という事です。

そしてこの作品が他の戦争映画とひと味違うのが“戦争の描き方”です。

多くの戦争映画には主人公や登場人物たちの“物語り”があります。
そんな彼らのストーリーを通して観客は登場人物たちに感情移入する事で戦争の恐ろしさや悲しみを疑似体験するわけです。

しかし「野火」はそうじゃない。
ハッキリ言って「野火」にはほとんどストーリーらしいストーリーはありません
悲しい出来事に涙を誘われる場面もありません。
人の命の大切さを感じる隙間もありません。

映画「野火」にあるのはただひたすらな“嫌悪感”です。

戦場に広がる、地獄という言葉で言ってしまえば陳腐にも聞こえてしまいそうなほどに圧倒的な血と死体。
それは観る者に臭いを錯覚させてしまう程に容赦がなく、隠す事もオブラートに包む事もない表現で、ドラマもヒロイズムもない“戦場の現実”の光景が広がっているのです。

無残に殺された人々の遺体と血や肉に対する嫌悪感
今の僕たちの現実とは違う命の重みに対する嫌悪感
それは人々の感情よりも更に奥にある本能のレベルに訴えかけてきます。

反戦という観点で言えば、一般的なストーリーのある映画が言葉によって理性や感情に対して諭すような性質のものであるとするならば、「野火」はある種の暴力ともいえるかもしれません。
殴って解らせる!という言い方をすると語弊があるかもしれませんが、やはりこの作品がもつ最大の特質点はこの暴力的なまでに容赦がなくストレートに描かれた戦場の恐ろしさにあると思います。

 

 

美しい自然と戦争の虚しさ

©SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

戦争映画、特に数十年前の過去の戦争を題材にした作品では空気感の表現として画面の色の彩度を少し落として作られる事が多いと思いように感じます。
しかし「野火」はそれとは逆にとてもビビットで鮮やかな色調とコントラストで描かれているのがとても印象的です。

舞台であるフィリピンのレイテ島はとても自然が豊かで、ビビットな色調がそれをより強調しています。
真っ青な空と真っ白な雲、そして豊かな緑。
その美しい景色は本来であれば人々の心を優しく癒やしてくれるはずです。

しかしそんな美しい島で繰り広げられる、それとは対極的な戦争という行為。

映画を観ていると、この作品自体にストーリー性が薄く主人公たちの置かれている現状やその過程に対する説明がない事も手伝って、そこで行われている戦争という行為が何故、何の為に行われていて、これから何をすればいいのかが判らなくなってきます。

あるのは、すぐ傍にあると生きようとする人間の本能だけ。

もちろん戦争にはそれに至る経緯や背景があります。
戦っている人達には守りたい国や家族がいます。

しかしただこの時この場所においての一人の人間にとってそれに対してどんな意味を持つことができたのだろうかと考えさせられます。

餓えて苦しみ、身体を壊し、心を疲弊させられ、何故こんな事をしているのだろうかと・・・いやそもそもそんな事を思う思考的余裕すらない状況だったのかもしれません。

そこに僕は「自分は今一体何をやっているのだろう」というような類の“虚しさ”のようなものを感じてしまいました。

この壮大で美しい大自然の中で人類というちっぽけな存在が繰り広げる戦争という行為。
その虚しさを対比によって強調するかのように鮮やかな色で映し出されるレイテ島の景色。

そんな鮮烈な色と、そこで苦しむ兵士たちの土や血で汚れきった黒い姿が、世界の陰と陽をコントラストとしてくっきりと浮き上がらせているかのようです。

 

 

塚本晋也監督からの一撃。

この作品は予算も技術も潤沢な商業映画作品ではなく、塚本晋也監督の自主制作映画です。

塚本監督は高校生の頃に大岡昇平氏原作の「野火」を読んでいたそうで当時からいつか映像にしたいという思いがあったそうです。
それから映画監督デビューをした後も企画が立ち上がっては流れるといったような紆余曲折を経て約40年後にこうして映画作品として世に出す事が出来たわけです。

1989年に公開された映画「鉄男」で商業映画デビューしローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得した塚本晋也監督。

その後も「野火」を撮りたいと思い続けていたもののなかなか実現することはありませんでした。

しかし近年、周囲のプロデューサーの方々などに「野火」をやりたいと言うと「それだけは勘弁」と言われるようになったそうです。

そこに「野火」のような戦争映画が不謹慎というような風潮があると感じた塚本監督はこのままじゃまずい、なんとしてでもこの映画を作って世に出さないといけないという強い思いからインディーズでの「野火」製作に着手したそうです。

その制作過程もとても過酷なものだったらしく、予算の少ない中で制作に携わる人々の思いによって「野火」は生み出され、監督自身が日本各地のミニシアター等の劇場にコンタクトをとり上映していったそうです。

それだけ塚本監督には「今この作品を世に出さなければならない」という強い信念と使命感のようなものがあったのだと思います。

第二次世界大戦終結から70年以上が経ち、今の日本人の多くが戦争を知りません。
当時戦争を体験した方々も徐々に少なくなってきています。

「歴史は繰り返す」という言葉があります。
もしかするといつか日本も再び戦争の時代を迎える事があるかもしれません。

そんな時にこそ必要なのが歴史に学ぶという事であり、戦争を体験した方々がいなくなってしまった後にもこういった作品が残る事が戦争の抑止に繋がるのだと思います。

この作品は塚本晋也監督から平和な今の日本を生きる僕たちに対する「目を覚ませ!」という強烈な顔面パンチなのかもしれません。

そんな塚本晋也監督の強い思いによって作られた本作。
是非多くの人にみていただき、改めて戦争と平和について考えていただけたらなと思います。

 

メタ壱スコア:4.1

ずっと観たかった、というよりは観なければいけないと思っていた塚本晋也監督作品の「野火」。
だけど、事前知識としてかなりグロテスクな表現があると聞いていたのでずっと観るのを躊躇していました。

しかし最近、塚本晋也監督の新作「斬、」が公開されたのを期についに観る決心がつきました。

そして実際に作品を観てみると、その恐ろしさとグロテスクさに圧倒されながらも、それを上回る観なければならないものを観たという思いの方が強く残りました。

テレビやネットなどで戦争という言葉は文字面だけではよく目にしたり耳にしたりしていて、今世界のどこそこではこんな戦争が〜という情報に対してほとんどリアリティを感じなくなっていましたが、この作品を通して塚本晋也監督に顔面パンチで目を覚まさせてもらった気がします。

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