【名前】孤独な二人の特別な時間。あなたの本当の名前を教えて。
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タイトル:名前
ジャンル:ドラマ
日本公開:2018年
製作国 :日本
監督  :戸田彬弘
出演  :津田寛治 / 駒井蓮 / 勧修寺保都

 

あらすじ
複数の名前を使いながら孤独な生活を送っている中村正男。
ある日職場で自身の嘘がバレそうになった正男の前に娘だと名乗る見覚えのない少女・笑子が現れる。
正男はその謎の少女を訝しみながらも次第に交流を深めていく。
はたして謎の少女・笑子の目的は、そしてその正体は・・・。
というお話し。
メタ壱スコア 4.7
この作品は直木賞受賞作家の道尾秀介氏の原案を元に、舞台の演出や脚本を手がける戸田彬弘氏が監督をつとめ制作された長編映画作品です。
主人公・正男には説明不要の名俳優・津田寛治さん。
謎の少女・笑子には撮影当時15才だった、若手の女優・駒井蓮さんが起用されています。
駒井蓮さんはこれまでほとんど演技経験がなかったそうで、映画の序盤ではまだ演技にぎこちなさの様なものを感じるのですが、ストーリーが進むに連れて彼女が役者として成長しているのが目に見えて分かります。
なんというか、最初は「駒井蓮」が「笑子」を演じているのですが、段々とその二人が一つになっていく感じ。
その役者としての成長が、劇中の笑子の変化と同調し笑子というキャラクターに深みを与え、作品そのもののクオリティーをより高めていると感じました。
今後の駒井蓮さんの活躍は要チェックです!
©️2018 映画「名前」製作委員会
映画「名前」はストーリーの構成が面白く、はじめはミステリーの様な形で物語りが進んで行きます。
複数の偽名を使い分け、時にはやり手のビジネスマン、時には病気の妻を持つ健気な夫とその素性も演じ分ける謎の男・正男が主人公です。
そもそも主人公が謎の男なのに、さらに彼の前に娘を名乗る見覚えのない少女・笑子が現れるのです。
しかも笑子は正男が複数の名前を使い分けて生活していることも知っています。
謎の男に謎の少女と序盤から観客の好奇心を刺激してくる訳です。
そしてそんな二人が交流を重ねていくうちにそれぞれが抱えているものが明らかになっていき、それらが全て解った時それまでの出来事の重みがグッと増し濃厚な人間ドラマとして完成するのです。
2度観たくなる映画。
全ての事がわかった上でこれまでのシーンを振り返ってみると、はじめて見た時とは印象が変わり違った意味がある様に感じられるんです。
しかしかといってこの作品がいわゆる“ギミック系”の映画と言うわけではありません。
確かに物語りにはその構成の妙によってエンターテイメントとしての面白さがあります。
しかしこの作品の要は二人の男女の人間ドラマです。
心に空いた穴を埋め合う様に寄り添う二人は、核家族化や離婚率の上昇、家族間のディスコミュニケーションといった現代社会における人々の孤独を体現しているようであり、そこには人間の心の中にある複雑な感情が繊細なタッチで描かれています。

⇩ここからネタバレ⇩

主人公の正男は死産により我が子を亡くし、それがきっかけで妻とも別れています。
その後複数の名前とパーソナリティを使い分けて孤独に生きるようになった正男ですが、それは彼の自分自身からの逃避だった様に僕には感じられました。
偽物の自分を演じる事で正男はこれまでの人生を封印したかったのかもしれません。
「偽の名前、嘘の自分。その方がみんな喜ぶんだよ」という正男の言葉には自分という存在に対する自信のなさと否定が表れていて、その笑顔はどこか切なさを含んでいるように見えました。
そして正男は偽物の自分を演じる続ける事によっていつしか本当の自分を見失っていってしまったのです。
そんな偽物の薄っぺらなキャラクターを演じている正男は人と深く関わる事も出来ず、妻子を失った心の穴は埋まるはずもなく、孤独の中でただ人生を消費するだけのような生活に彼の心は沈没していってしまっていたのです。

そこに現れた、正男の秘密を知る謎の少女・笑子。
彼女もまた父親の不在によって心に隙間を持った少女でした。
笑子は正男の様に名前こそ使い分けてはいませんでしたが、正男と同様本当の自分を見失っていました。
演劇部の部長に「本当の自分がわからない人間に、演劇において役を演じる事など出来ない」というようなニュアンスの事を言われ苦しみます。

そんな笑子は母の隠していた父からの手紙の住所を頼りに父親を求めて正男の元を訪れ、二人で過ごす時間の中で安らぎを感じていました。
しかし結局正男と笑子は親子でもなんでもない赤の他人だったわけです。

しかしその事実が解るまでの二人は本当の父娘だったのだと思います。
笑子に亡くなった自分の子供を重ねていた正男と、正男を父親だと勘違いしていた笑子でしたが、二人が寄り添う事によってお互いの心の隙間を埋めながら前に進んでいった事は紛れもない事実なのです。

ラスト全てを理解した二人が明け方まで歩き続けるシーンは本当に印象的で、その間二人は何を考え何を話したのか。
これまでの出来事を思い返している様でもあり、訪れるであろうさよならまでの最後の一時を惜しんでいる様でもあり本当に美しいシーンでした。

最後に正男が真実を語る橋のシーン。
実はこのシーンのセリフは全て津田寛治さんのアドリブだったそうです。
監督からは、自分は父親ではなく本当の父親は既に亡くなっている事を笑子に伝えるようにとだけ言われていたようです。
それの事を知って、このシーンに漂っていた生々しさの正体がわかったような気がしました。
この作品の撮影の間、津田さんと駒井さんは積極的に二人の間の関係性を築いていたらしく、このシーンの二人は正男と笑子であると同時に津田さんと駒井さんでもあったのだと思います。
津田さんの長いアドリブのセリフに駒井さんもアドリブのセリフを差し込んでいるのですが、そのやり取りがとても自然で演技を越えた本物の二人の関係性を感じました。

そして最後、学校の先生に「その人はお父さん?」と聞かれた笑子はきっぱりと「この人は違います」と答えます。
これは笑子から正男に対する決別だったのでしょう。
それは正男本人に対する決別なのか、父親としての正男に対する決別なのか。
そして笑子は正男の元から離れ、校舎の前で待つ喧嘩をしている友人の前に立ちます。
しかし、彼女たちの前に他の生徒の姿が重なり正男から笑子の姿が見えなくなってしまいます。
しかし正男は姿が見えないまま笑子とその友人のやりとりを見届ける事なくその場から立ち去ります。
それは笑子からの決別を正男が受け入れたという彼の答えなのだと僕には感じられました。

立ち去りながらタバコを取り出した正男でしたが、以前に笑子からタバコをやめるように言われた事を思い出しそれをしまいます。
例え本当の父娘ではなくても、もう二度と会うことはなくても、二人が一緒に過ごした時間は確かにそこにあったし、その間の二人は紛れもなく父娘だったのです。

父娘でもなく友達でもない、名前の付けることの出来ない二人の関係は切なくもあり温かくもある特別なものでした。
それは二人に夢の様な時間をもたらしお互いの心の穴を埋め前へと進む力を与えたのです。

最近の映画作品ではよく“疑似家族”が描かれます。
この作品で描かれた二人の関係もある種の疑似家族であり、二人の過ごした時間を通して血縁ではない他人同士の繋がりに対する希望のようなものを感じる事ができました。
それは、人と人との繫がりが弱くなり、家族というかつて強固だったはずの形をも維持出来なくなってきた現代において、やっぱりそれでも人と人とは寄り添っていけるのではないかというメッセージを内包しているようでした。

©️2018 映画「名前」製作委員会

 

まとめ

今回ご紹介した映画「名前」ですが、僕にとってドストライクな作品でした!
しかし残念な事に本作の上映館数は全国で17館しかありません。
僕の場合地元のミニシアターさんがこの作品を上映してくれたお陰で観る事ができました。
この作品をチョイスして下さったミニシアターの方々にとても感謝しています。
ホントにラッキーでした!
もしもみなさんの近くに「名前」を上映している劇場があれば是非足を運んでみて下さい。
全国のシネコンなど多くのスクリーンで公開されている作品以外にも素晴らしい作品が世の中には沢山あると言う事を再認識させてくれると思います。

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