【ミスター・ガラス】シャマラン流ヒーロー映画!
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ミスター・ガラス
ジャンル
アクション  日本公開2019年1月18日 製作国アメリカ 上映時間129分 監督M・ナイト・シャマラン 出演ブルース・ウィリス / サミュエル・L・ジャクソン / ジェームズ・マカヴォイ
あらすじ
女子高生誘拐事件(映画「スプリット」)から約3週間後、息子ジョセフと共に自警団活動をしていたデビッドは誘拐事件の犯人を追っていた。
地道な捜査の末デビッドは犯人であるケビンを見つけ出し激しい対決を繰り広げる。
しかしその格闘の途中、精神科医ステイプル率いる警察に二人は拘束されてしまう。
研究施設へと送られてしまった二人はステイプルから“治療”を受ける事になるのだが、その施設にはあの“ミスター・ガラス”も収監されていたのだった・・・。
こんな人にオススメ!
●M・ナイト・シャマランの独特な世界観が好きな人。
●普通とは一味違ったヒーロー映画を観たい人。
●「アンブレイカブル」、「スプリット」が好きな人。

「アンブレイカブル」、「スプリット」は必修!

©2000 Touchstone Pictures All Rights Reserved. ©2017 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

M・ナイト・シャマラン監督の最新作「ミスター・ガラス」。
予告を観て気になっている人も多いのではないでしょうか?

しかし、この作品を観るにあたって絶対的に気をつけなければならない事があります。

それは前作に当たる「アンブレイカブル」と「スプリット」を必ず観ておくと言うこと!

「ミスター・ガラス」は前作とのタイトルの共通点やナンバリングがないので判りにくいのですが、「アンブレイカブル」、「スプリット」の続編となっています。

特に「アンブレイカブル」は2000年というだいぶ前に公開された映画ですのでその存在を知らない人も多いのではないかと思います。

「アンブレイカブル」のファンは映画のその終わり方から続編を待ち望んでいましたが、その後何の音沙汰もなく17年という歳月が流れていきました。

そして2017年に公開された「スプリット」。

一見すると関係なさそうな「アンブレイカブル」と「スプリット」のストーリー。
しかし実はこの2つの映画は同じ世界での出来事を描いていて、それが判る「スプリット」のラストシーンではファンは目を白黒させ狂喜乱舞した事と思います。

簡単に説明すると、「アンブレイカブル」ではデビッドとミスター・ガラスことイライジャのあれこれが描かれ、「スプリット」では多重人格者・ケビンのあれこれが描かれ、そんな彼ら3人が「ミスター・ガラス」で相まみえるという構造になっています。

シャマラン監督のプチユニバース映画とも言えますね。

世の中には沢山のシリーズ作品がありますが、多くの映画ではこれまでの作品を観ておくとより楽しめるが、新作単体でも楽しめるという作りになっているものが多いですが、「ミスター・ガラス」は前作を観ておかないと開幕1秒目からおいてかれてしまうので、復習は必須です!

不親切とも言えるかもしれませんが、復習しておかないとついていけないと言う事はそれだけこれまでのストーリーとの綿密な繋がりがあるという事ですし、それだけ濃い映画だという事です!

 

 

癖の強いシャマラン監督の、癖の強いヒーロー映画!

©Universal Pictures All rights reserved.

M・ナイト・シャマラン監督の代表作と言えばなんと言っても「シックス・センス」!

「シックス・センス」の驚きの結末が公開当時ものすごく話題になり大ヒット。
M
・ナイト・シャマラン監督は有名監督の仲間入りを果たしました。

しかしその後公開された「アンブレイカブル」や「サイン」のその癖の強さが一般ウケせずなんだか一発屋の様なポジションの監督になってしまっていました。

むしろ、「シックス・センス」のような誰にでも解りやすく楽しめる作品の方が特殊で、それ以外の癖の強い作品の方が本来のシャマラン監督の作品だと思います。

そんな癖の強いシャマラン監督の作ったヒーロー映画「アンブレイカブル」はその監督の癖の強さの通り、これまた癖の強いヒーロー作品に仕上がっていました。

なんというか、ある意味リアル。

普通のヒーロー映画は敵との戦いに焦点が当てられますが、「アンブレイカブル」ではヒーローという自身の異質性に目覚めていく主人公の内面と、ヒーローが実在するという証明に生涯を捧げた男の狂気に焦点が当てられています。

その系譜の「ミスター・ガラス」ですので、今作も普通のヒーロー作品ではありません。

自身のヒーロー性を確信して以来、自警団活動を行ってきたデビッド、ヒーローの実在の証明に取り憑かれた狂気の男のイライジャ、自身が人間以上の存在ビーストになれると信じたケビンと彼の中の人格達。

つまりこの作品が描いているのは、自分を信じるという事についてなのです。

そして今作でそんな彼らの前に現れたのが精神科医のステイプル先生。
彼女が専門にしているのが自分をヒーローだと思いこんでいる患者の治療なんです。

つまり彼女は、自分の特異な性質を信じている3人の男のその信念を否定する存在なわけです。

一見、デビッド、イライジャ、ケビン3人の戦いの物語りのように見えるのですが、実際の敵と言えるのは彼らの特別性を否定しようとするステイプル医師なんです。

超人同士の戦いではなく、超人たちとその存在を否定する人との戦いというのはとても面白い構図ですよね。

癖の強いシャマラン監督の、自分自身やそれを否定する世界との戦いを描いた一風変わったヒーロー映画「ミスター・ガラス」!

シャマラン監督の出すこの癖の強い物語りの癖の強い結末、気になりませんか?

 

 

シャマラン監督は自宅を担保に入れていた!

「シックス・センス」での大ヒット以降、かげりを見せ始めたシャマラン監督作品の人気。

しかし、ホラー映画「ヴィジット」(2015)、「スプリット」(2017)でその人気を盛り返してきました。

実は「ヴィジット」も「スプリット」も監督が自腹で製作した自主映画なんです。

そして本作「ミスター・ガラス」も前2作の収益に合わせ自宅を担保に入れたお金で作られたそうなんです。

その理由は「自分が望むように作品を作りたいから」だそうです。

やはり、外部から出資してもらうとなると製作会社から口を挟まれたり表現に制約がうまれてしまいます。

その点、自費製作だと自分の好きな様に作品を作れますよね。
しかしその分のリスクは計り知れません!

もし「ミスター・ガラス」がコケてしまうと自宅を担保に入れたシャマラン監督がホームレスになってしまうんじゃないかと心配になってしまいます。

しかし、この「ミスター・ガラス」はアメリカで大ヒット!

全世界オープニング興行成績が1億ドルを突破する見込だそうです!
もとの制作費が2000万ドルですから余裕で回収出来ていますね!

つまり、監督が自費で、自身の好きな様に作った「ヴィジット」、「スプリット」、「ミスター・ガラス」はどれもヒットし評価されているという事です。

昨今日本でもコンプライアンスが厳しくなってきたりして、製作会社やスポンサーからの制約による無難な作品が増えている様な気がしますが、映画というのはクリエイターの人生観を投影した芸術作品です。

そんな作品に外部からあれこれ口を出して押さえつける事で、その監督のもつ本来のポテンシャルを引き出せずに中途半端なものになってしまう事は誰にとっても不幸ですよね。

製作会社には監督の力を信じ、監督の思ったものを作れる環境を提供してあげて欲しいなと思います。

奇しくもこの願いは「ミスター・ガラス」の作品に流れるテーマとシンクロしているのです。

 

©Universal Pictures All rights reserved.

いやー、まさかあの「アンブレイカブル」の続編が19年もたった後に作られるなんて感激です!

とても癖の強いヒーローモノだった「アンブレイカブル」でしたが、「ミスター・ガラス」も相当癖が強かったですね。

しかし、それは「アンブレイカブル」で描かれていたヒーローかもしれない自身の異質性に対する葛藤というテーマを正統に継承しているものでした。

ただの超人3人のバトルみたいになってなくて良かったです(笑)

今作のテーマはズバリ自分を信じる事だと僕は感じました。

前作で自身がヒーローであると確信し息子と自警団活動をしているデビッド。

ヒーローが実在すると信じ、デビッドの存在を見つけ出すために大火災、飛行機墜落事故、そして列車脱線事故を引き起こした狂気の天才イライジャ。

“ビーストという人格を作り出し肉体レベルで人間を超えたケビンと23人の人格。

そんな彼らの前に現れた、3人を否定する存在であるステイプル医師。

はじめは3人の事をよく分かっていないステイプル医師が常識をベースに彼らに対して的はずれな見解を述べているように見えました。

しかし、次々に提示される常識的解釈によって3人の超常性や信念が揺らいでいきます。
それは、登場人物たちの考えが揺らいでいくというのではなく、映画を観ている僕たちの考えが揺らいでいくのです。

車や列車事故で生き残ったのはただの奇跡的偶然だったのではないか、デビッドの悪事を見抜く能力は過剰に鋭い洞察力によるものなのではないか。

“ビーストの超人的な身体能力にしても、壁を素手で這う事はプロのクライマーなら出来ない事は無いし、散弾銃に打たれて死ななかったのは弾が劣化していたからだとか。

そう言われると、これまで信じてきた彼らの超人性も常識で説明出来るような気がしてきてしまいます。

しかし、ラストで解る衝撃の事実。

ステイプル医師はとある組織のメンバーでした。

その組織の目的とは「超常的な能力をもつヒーローやヴィランたちの超人としての自覚をなくさせる事」。

彼ら組織はそうやって超人の芽を精神レベルで摘んで行くことで世の中の平穏を図ろうとしていたのです。

そんな組織の意向に反して自らの力を世間の目にさらし認められる事を望んだビーストは世界一のタワー・オオサカタワーで決闘しようとします。

結果、オオサカタワーでの決闘は3人の超人の死よって未遂に終わってしまいます。

こういう事ってなんだか僕たちの現実世界でも起きている事のように感じませんか?

多くの人にはそれぞれに何か得意な能力があったりしますが、それが均一的な教育により芽を摘まれてしまう。

例えば、ゲームが得意な人がいます。
人一倍面白い人がいます。
ソロバンが上手な人もいますし、計算が早い人、モノマネが上手い人がいます。

しかしそんな能力は社会に出ても何の役にも立たない、お金にならないと軽くあしらわれてしまい、それらの能力を伸ばそうとする事なくいつしか誰もが自分を何の特技もない普通の人間だと思うようになっていきます。

この作品は、そんな世の中においても自分の能力を信じる事の大切さをヒーロー映画に落とし込んだシャマラン監督から僕らへの応援メッセージだと感じました。

この作品ではそれぞれの超人を信じて受け入れている人物がいます。
デビッドには息子が、イライジャには母親が、そしてケビンにはケイシーが。

ラストその3人が敵対関係を超え手を取り合っている姿には感慨深いものを感じました。

きっと彼らが死んでしまった3人の意思を継いでいくのだと思います。

 

 

メタ壱スコア:3.8

まさかの事実とラストの展開などは、さすがシャマラン監督一筋縄ではいかないなと唸らされました!

やっぱり僕はシャマラン監督の独特さが凄く好きなようです。

オチが全く読めないんですよね。

そして斜め上を行く想像を超えたシャマラン的オチには大満足でした。

ただシャマラン作品は好き嫌いが分かれるとは思いますけどね(笑)

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