【ビューティフル・デイ】男が苦しみの果に見つけたものは…。
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心に傷を負った裏家業屋・ジョーが請け負った少女救出の依頼は彼自身をも救うのか、それともさらに彼を追い詰めるのか。

まず印象的なのが映像表現。
この作品はほとんど状況説明のようなものがなく、詳しい事が解らない会話や細切れな過去シーンで構成されていて、ちょっと油断すると、というか油断してなくてもついて行くのが難しい作品です。

この理解するのが難しいというのが映画を観ている人間に不安感を与え、さらに作品に集中させる事でこの世界に引き込みます。

そんな表現に加え、どこか不協和音を伴った劇伴がこの映画世界の歪さを表していて、それがさらに中盤以降の不可解で緊迫した展開に拍車をかけます。

セリフなどもとても少ない静かな作品の中でそれがとても際立つんです。

そしてそのセリフが少ないというのが、始め主人公の心理状態を掴むのをとても難しくしているのですが、音楽や秀逸な映像表現によってまるで水が染み込んで来るようにいつの間にかジョーの心に寄り添っている自分がいました。
緊迫感や不安感はいつの間にか悲しみや憐れみに変わり、物語が後半に進むにつれサスペンスな空気は詩的で情緒的なものに変わってゆきます。

ジョーは何に怯え、何に苦しんでいたのか。
ジョーにとって少女・ニーナとはどういう存在だったのか。
そしてジョーは何を求め裏家業を生業とし、何に、何処に救いを求めていたのか。

何度も見返してこの映画の世界に入り込み、ジョーという悲しい男の心の奥底を知りたくなる、そんな不思議な魅力のある作品でした。

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